名港議会 山口清議員の一般質問②10号地灯台(2018年11月5日)

10号地灯台の保存と活用について
        山口清明議員

10号地灯台の歴史的価値と活用の認識について
【山口議員】名古屋港10号地(潮凪ふ頭)の突端に現在では使われていない小さな灯台が立っています。
 1939年、10号地=潮凪ふ頭の完成に伴いふ頭先端に二基建設されました。RC造り、台座からの高さ7.2mの灯台です。
 当時の潮凪ふ頭は名古屋港の最南端に当たり、入港船舶の目印になっていたと思われます。第二次世界大戦、アジア太平洋戦争では、近くに軍需工場が多数あり、そのあおりで激しい空襲により被弾しました。灯台本体のコンクリートにはいくつもの弾痕や爆弾の破片による破損個所が多くみられます。
 1984年(昭和59年)、ふ頭の改修工事により二基の灯台のうち一基は撤去されましたが、残る一基が南側の現在地へ移築されました。名古屋港で現存する唯一の戦争記録物です。名古屋港の生き証人であり、名古屋港における戦争の歴史を現在に伝える貴重な存在です。
 2011年(平成23年)には名古屋市から、地域の歴史的景観を特徴づけている建造物として、「認定地域建造物資産」の認定を受けました。名古屋市内に69件ある認定地域建造物資産は、その所有者が民間の場合には、保存活用のための改修工事に100万円を限度に助成する経済的支援の対象となっており、また保存活用に向けた技術的支援も受けることができるとされています。
 しかし、この灯台がたっている潮凪ふ頭は、石炭ふ頭とも呼

【参考】10号地灯台 (潮凪灯台)
1939年:竣工
2004年:国際船舶・港湾保安法施行により立入制限
2011年:名古屋市認定地域建造物資産に認定
※名古屋市都市景観条例第25条の2に基づき、市広告・景観審議会の審議を経て地域の歴史的・文化的な景観を特徴づけている建造物を認定

ばれており、安全面から敷地内への立入りが厳しく制限されています。2004年(平成16年)にはソーラス条約にもとづく制限区域になり、現在は関係者以外、敷地内立入不可となっています。
従って現在、この灯台を見ることができるのは、船上からのみです。船を使った名港見学会や金城ふ頭とガーデンふ頭を結ぶ水上交通に乗船した時ぐらいしか見ることができません。
 せっかくの歴史的遺産をもっと活用することはできないでしょうか。
 この灯台の歴史的価値をどのように認識し、活用していくのか、まず基本的認識をうかがいます。

「みなと体験ツアー」や「クルーズ名古屋」で船からの紹介に活用
【企画調整室長】潮凪ふ頭にある10号地灯台は、昭和14年に名古屋港の最南端に位置していた同ふ頭内に建設された。第2次世界大戦の空襲による爪痕を残すこの灯台は、本組合が平成21年に策定した「名古屋港景観基本計画」において、名古屋港の歴史を物語る「歴史資源」として位置付けられており、また、平成23年10月には名古屋市により、「認定地域建造物資産」に認定された。
 現在、10号地灯台は、海から見える立地条件を活かし、港務艇で港を見学する「みなと体験ツアー」や、ささしまライブと金城ふ頭を結ぶ「クルーズ名古屋」において、名古屋港の紹介に活用している。

灯台の保守・管理、保存状態の点検について
【山口議員】10号地灯台は建造からすでに79年、老朽化や劣化も心配です。
 台風21号では、阪神・淡路大震災で崩れた岸壁を保存している「神戸港震災メモリアルパーク」の一部が海に流出していたことがわかりました。1995年、震災の激しい揺れで破壊された長さ約60mの岸壁や、傾いて一部が海に沈んだ照明塔などを神戸市が約5億2千万円をかけて整備し、被災当時のまま残してきました。その遺構である岸壁の一部がなくなってしまいました。
 台風24号では奄美大島で高さ11mの灯台が折れて海に沈みました。8月の台風20号では神戸市兵庫区でもコンクリート製の神戸和田岬防波堤灯台(高さ11.5m)の先端から1.5mが折れて消失しました。そこでうかがいます。
 この灯台の保守・管理、保存状態の点検はどのように行われていますか、保存状態に問題はありませんか、お答えください。

目視によって確認し、適切に保存していく(部長)
【港営部長】灯台の保守・管理は、被災の痕跡を残した当時のままの姿で保存され、現在に至っており、保存状態の点検は、目視によって確認をしており、適切に保存していきたい。

歴史的資産を間近に見学できる機会づくりについて
【山口議員】質問するために灯台を現地で確かめたいとお願いしましたが、荷役作業が行われていること、制限区域内であることから立入りには制限があると説明を受けました。つまり近づくことが拒否されました。
 海上からも陸上からもアクセスできません。海上から眺めるだけです。何とかしてより多くの方々に見学していただくことはできないでしょうか。
せっかくの歴史的資産です。せめて年間数日でも見学会を開くなど、灯台を間近に見学できる機会をつくるべきと考えますがいかがですか。お答えください。

石炭の荷役が常時行われており、見学者の安全を確保することは困難(部長)
【港営部長】潮凪ふ頭は「国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律」に定める国際埠頭施設であり、また、石炭の荷役作業が常時行われており、見学者の安全を確保することが困難であるため、陸上からの立ち入りを制限している。

石炭を取り扱う立地に係る見直しについて
【山口議員】さて10号地灯台の保存と活用にあたっては、このエリア全体のあり方についても検討する必要があります。
 名古屋港では活発に石炭が取り扱われていますが、10号地で石炭を取扱うようになって約80年になろうとしています。
 現在では、このふ頭の周囲に住宅が増えてきました。近隣の市営住宅の募集案内には、「工業地帯に隣接しており、臭気・騒音などが予想されます」と記載されています。大型車両も頻繁に行きかい、粉塵対策を求める声も聞こえてきます。
 もちろん石炭の取扱いに際しては、十分な環境対策が施されているとは思います。しかし市街地に程近いこのエリアがいつまでも石炭を取り扱うのにふさわしい場所とは思えません。
 石炭を取扱う立地について見直しを検討する考えはありませんか。

名古屋港における重要な石炭取扱基地として位置付けている(部長)
【港営部長】潮凪ふ頭は、年間約11万トンの石炭を取り扱っており、名古屋港における重要な石炭取扱基地として位置付けている。

専門家による診断と必要な修繕をすぐに行うべきだ(再質問)
【山口議員】私は当初、灯台をもっと市民県民が身近に見学できる場所に移築すべきだと考えていました。しかし名古屋港の歴史をあらためて学ばせていただくと、ほぼ建造当初の場所にいまも残っていることがわかりました。海から見た名古屋港の大事な景観ポイントでもあります。できるならいまの場所で残したい。
 灯台が残るこの地域には第二次世界大戦中、愛知時計電機を前身とする愛知航空機永徳工場が設立され、多くの軍用機が製作されたところです。稲永スポーツセンターの南、藤前干潟を対岸にのぞむ庄内川の河口には、水上飛行機を揚げ降ろしした滑走台、辷りと呼ばれるコンクリート製の斜路(スロープ)も残っています。このエリア全体を歴史的に価値あるエリアとして再整備してはどうでしょうか。
 このエリアと10号地灯台の歴史的な価値を守りつつ、さらに多くの市民県民に名古屋港の歴史、戦争体験を伝えていくことが必要と考えます。
そこで専任副管理者に伺います。
 建築後79年となる灯台の保存状態について目視だけでは不十分です。専門家による診断と必要な修繕をすぐに行うべきではありませんか。

専門家の助言を受け、適正な管理に努める(副管理者)
【専任副管理者】10号地灯台は、名古屋市の「認定地域建造物資産」に認定されており、「名古屋市都市景観条例」2018に基づき市長が定めた要綱で、「その現状を損なわないように管理しなければならない」とされている。今後は、名古屋市の「歴史的建造物保存括用アドバイザー制度」を活用して専門家の助言を受け、適正な管理に努める。
 また、10号地灯台は、「名古屋港景観基本計画」において、名古屋港の歴史を物語る歴史資源として位置付けられており、その趣旨に沿って、ホームページや「みなと体験ツアー」等で、名古屋港の紹介に活用している。

10号地灯台の保存及び陸上からのアクセスについて(再質問)
【山口議員】このエリアにおける戦争遺跡の保存活用計画を名古屋市と共につくり、灯台についても海上からの見学に加えて陸上からのアクセスも可能にすべきとは考えませんか。

見学のための立入りについては、困難(副管理者)
【専任副管理者】潮凪ふ頭は「国際船舶・港湾保安法」に定める国際埠頭施設として立入りの制限を行っており、また、石炭の荷役作業も常時行われているため、見学のための立入りは困難です。

管理者は10号地灯台を陸から直接見たことがあるのか(再々質問)
【山口議員】河村管理者にたずねたいと思います。
 10号地灯台について、「専門家の助言を受ける」と答弁をいただいた。少し前向きの姿勢を感じることができました。
 貴重な歴史的建造物ですが、私は残念ながらこの灯台を近くで見たことがありません。管理者、あなたは10号地灯台を船からでなく陸から直接見たことがありますか。もし見ていないのなら、ぜひ直接見て触って確かめていただき、そのうえで保存と活用について必要な指示を出していただきたい。なお見に行かれる際にはぜひ私も同行させていただきたいと思います。いかがですか。

海から見た。登録有形文化財に申請するための調査をしたい(管理者)
【管理者(名古屋市長)】国の登録有形文化財というのがあります。50年たった建造物で、その時代を一応シンボライズというか、あらわしとるような建物は登録有形文化財となるということでございます。この灯台ができたころは物すごい空襲で、それこそ名古屋は地獄を味わったわけでしょう。特にあそこら辺は三菱重工の大江工場があります。これが飛行機をつくっておったわけで、また銃痕の跡もついておりますので、登録有形文化財に申請しよまい。いろんな調査をせないけませんので、調査を開始しまして。
 割と近くまで行きましたよ。すぐ横じゃないけど。海のほうからは見たことありますので、ぜひそういう時代を示すものとして。へたしたら重要文化財になるかもわからんですよ。その前段階、ちょっと制度は違うんですけど、国の登録有形文化財を申請するように、段取りに入るようにいたします。

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